今日の一善(善問答)
僕はいつも職場の机をピカピカにしています。
机上に置くのはパソコンのみ。
仕事が終わったらパソコンを片付け、机を丁寧に拭いて帰宅します。
理由はシンプル。
机がきれいだと頭がスッキリして仕事がはかどるから。
また、何も置かれていない僕の机は作業スペースとして他の人の役にも立っています。
でもふと、この綺麗好きは本当に「善」なのだろうかと考えました。
その結果
僕がきれいにしている机を見て、
「きれいだね」「いつも整理されてるね」と褒めてくれる人もいます。
僕が帰った後に、僕の机を広々と使ってくれている人もいます。
一方で、「私の机が汚いと言われている気がする」と、
ちょっと嫌な顔をされたこともありました。
つまり、この綺麗好きが役に立つ(善)反面、
誰かを傷つける可能性もあるわけです。
気づき・学び
結局、何をやっても誰かに何かを言われることはあります。
ただ今回の件では、不快感を示した人が使った言葉は
「私の机」という表現でした。
つまり、僕の綺麗な机と自分の机を比較して、
自分が傷ついているのだと気づきました。
比較というのは成長にとって必要なことでもあるけれど、
使い方を間違えると、傷ついたり苦しくなったりします。
僕自身も、人と比較して苦しくなることがあります。
比較をするなら、「傷つくため」ではなく、
「成長するため」に使えるようになりたいなと思いました。
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